前立腺がんは、遺伝子の変異と微小環境の影響によって引き起こされる非常に不均一性の高いがんです。そのバイオマーカーとして、IGF-1経路が注目されています。

参考文献:Liu et al., Cancers 2023, 17, 1287.

- 関連製品情報はこちら (ページ内リンクへ移動します) - 

  • IGF-1とは?
     IGF-1(インスリン様成長因子I)は、70アミノ酸からなるペプチドで、インスリンと50%の相同性を持ちます。3つのジスルフィド結合によって形成される三次構造によって、IGF-1R(インスリン様成長因子1受容体)との結合が最適化されます。
     通常、IGF-1は循環ホルモンとしてIGFBP(インスリン様成長因子結合タンパク質)によって標的組織に運搬されます。また、標的臓器内でも合成され、パラクラインおよびオートクライン機構を介して作用します。IGFBPは、IGF-1の輸送の調節に関わるとともに、IGF-1の比較的短い半減期を延長するためのキャリアタンパク質として機能します。
  • IGF-1Rの機能
     IGF-1Rは、正常組織および固形腫瘍細胞の表面に広く存在する受容体です。IGF-1との結合によって活性化される2つの細胞外のαサブユニットと、細胞内チロシンキナーゼドメインを持つ2つのβサブユニットから構成されます。活性化されたIGF-1Rは、PI3K、AKT、mTORおよびMAPKシグナル伝達経路を活性化し、細胞増殖を誘導します。IGF-1Rは、細胞質内への移動後、細胞核へも移行することができます。遺伝子発現の調節を通じて、細胞周期やDNA合成、DNA損傷福にも関わります。このように、IGF-1のシグナル伝達は細胞の増殖・成長を促進します。
  • IGF-1経路と前立腺がん
    がん細胞や線維芽細胞、細胞外マトリックスからのオートクラインおよびパラクラインIGF-1シグナル伝達は、前立腺がんにおいて腫瘍の成長と遠隔転移に寄与する可能性があります(図1)。IGF-1は、がん遺伝子およびがん抑制遺伝子の発現を制御することでがんを誘導することができます。また、IGF-1はVEGFの発現を促進し、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の放出を刺激することでがん微小環境において血管新生を誘導し、細胞外マトリックス成分の分解を促進することで、がん細胞の転移を誘導します。さらに、骨基質において生成されるIGF-1は、がん細胞のコラゲナーゼ活性と骨芽細胞の活性を増加させ、骨転移形成に寄与します。

図1. 腫瘍微小環境でのIGF-1シグナルによる前立腺がんの進行 (出典:Liu et al., Cancers 2023, 17, 1287.)

 IGF-1は、IGF-1Rのリン酸化およびSUMO化を促進することにより、PI3K-AKTおよびRas-MAPKシグナル伝達経路を活性化することで生物学的な機能を発揮します(図2)。
まず、活性化されたIGF-1Rは、サイクリンD、JUN、PTENなどの細胞周期関連遺伝子、がん遺伝子、がん抑制遺伝子の発現を調節することによりがん細胞の増殖を促進し、アポトーシスの阻害を通じて生存を維持します。
 次に、VEGFの発現を増強することで、がん微小環境における血管新生を誘導します。また、細胞接着関連タンパク質の調節により、がん細胞の遊走を促進し、上皮-間葉転換(EMT)を誘導することができます。IGF-1RによってMMPの放出が刺激されることで、細胞外マトリックス成分の分解が促進されます。これらの生物学的機能によりがん細胞の転移能力が高められます。
 最後に、IGF-1/IGF-1Rはアンドロゲン非依存性の前立腺がんの進行を促進します。これは、アンドロゲン受容体の核移行を促進することによります。活性化されたIGF-1Rは、がん細胞の放射線耐性の促進を通じて、去勢抵抗性を引き起こすアンドロゲン受容体の変異をもたらします。

図2. 活性化IGF-1Rががんの発症と治療抵抗性を促進する分子メカニズム (出典:Liu et al., Cancers 2023, 17, 1287.)

 

 IGF-1経路に関連する因子の、前立腺がんのバイオマーカーとしての可能性について言及している文献を表1に示します。

表1. IGF経路因子の前立腺がんマーカーの可能性に関する報告 (出典:Liu et al., Cancers 2023, 17, 1287.)

因子 前立腺がんマーカーとしての可能性について 文献
IGF-1
  • 前立腺がんリスクの独立予測因子となる
  • PSAレベルと弱い正の関連性を示す
Chan et al., Science 1998, 279, 563–566.
  • 前立腺がんリスクと弱い正の関連性を示す
Allen et al., Cancer Epidemiol. Biomark. Prev. 2007, 16, 1121–1127.
  • 濃度が高い場合は、前立腺がんのリスクが高まる可能性がある
Cao et al., Int. J. Cancer 2015, 136, 2418–2426.
  • 血清中のIGF-1は、前立腺がんグリソンスコア(Gleason Score)の有用なマーカーとなる可能性がある(※グリソンスコア:生検採取されたがん組織の悪性度を点数化したもの)
Kim et al., Cancer Med. 2018, 7, 4170–4180.
  • IGF-1量の測定は、前立腺がん診断において有用な情報を提供しない可能性がある
Marszalek et al., Eur. Urol. 2005, 48, 34–39.
  • 血清中のIGFレベルが高いだけでは、CRPCの発症までの時間に悪影響を及ぼさないようにみえる
Sharma et al., Prostate 2014, 74, 225–234.
  • IGF-1のポリモルフィズム、特にC-Tハプロタイプは、初期診断時に骨転移を有する前立腺がん患者の生存率の悪化と関連しており、骨転移の新たな予測因子となる可能性がある
Tsuchiya et al., J. Clin. Oncol. 2006, 24, 1982–1989.

Tsuchiya et al., BMC Cancer 2013, 13, 150.

IGF-1R
  • 前立腺がんにおけるIGFシグナルは、前立腺癌の進行に役割を果たしている(IGF-1Rの発現解析)
Ahearn et al., Carcinogenesis 2018, 39, 1431–1437.
  • IGF-1Rは、糖尿病を有する前立腺がん患者において、より高い局所浸潤性と関連する
Broggi et al., Transl. Res. J. Lab. Clin. Med. 2021, 238, 25–35.
  • 組織タンパク質(PTEN/INSR/IGF-1R)は、患者が術後補助療法を選択し、前立腺がんの再発を予防するのに役立つ可能性がある
Breen et al., Prostate 2017, 77, 1288–1300.
  • IGF-1Rまたは細胞質型IGF-1Rの高い発現は、IGF-1の阻害を放射線感受性化させる指標となり得る
Aleksic et al., Br. J. Cancer 2017, 117, 1600–1606.
IGFBP-1
  • IGFBP-1レベルが高い患者は、去勢抵抗性前立腺がんの発症までの時間が短く、全体的な生存率も低くなる傾向がある
Sharma et al., Prostate 2014, 74, 225–234.

関連製品情報
【抗体】
IGF-1抗体(Mouse Monoclonal)- Biospacific社(採用実績あり)

IGF-1抗体(Mouse Monoclonal)- Leinco社(採用実績あり)

IGF-1R抗体(Mouse Monoclonal)- Leinco社(採用実績あり)

IGFBP-1抗体(Goat Polyclonal)- Leinco社(採用実績あり)

【抗原】
IGF-1抗原(大腸菌由来リコンビナント)- Biospacific社(採用実績あり)

IGF-1抗原(大腸菌由来リコンビナント)- Leinco社(採用実績あり)

IGF-1R抗原(NS0細胞由来リコンビナント)- Leinco社(採用実績あり)

IGF-1sR (soluble receptor)抗原(NS0細胞由来リコンビナント)- Leinco社(採用実績あり)

 

その他の製品についてもお気軽にベリタスまでお問合せください